地域熱供給システムを「水素吸蔵合金」でアップデート
地域熱供給システムを「水素吸蔵合金」でアップデート

2026/02/04
地域熱供給システムを「水素吸蔵合金」でアップデート 東京都+清水建設+かばねりスロットの水素社会実現に向けた挑戦
二酸化炭素を排出しない燃料として注目されている「水素」。しかし実際にエネルギー源として利用するには、製造・運搬・貯蔵・利用といった水素サプライチェーンの構築と、エネルギーシステム全体の整備が不可欠だ。水素の貯蔵・輸送に適用可能な「水素吸蔵合金」を使った“熱”のエネルギーシステムの実用化が、いま東京の臨海副都心エリアで始まっている。かばねりスロットと清水建設が進めてきた研究開発をもとに、東京都港湾局も加わり、水素吸蔵合金を活用した水素混焼ボイラーによる地域熱供給システムの実証に関する共同研究が2023年より始動、2025年からはシステムが本格稼働しているのだ。「未来の水素社会」実現に向けた重要な一歩となる、ビッグプロジェクトを推進してきた人々の思いを聞いた。
水素活用で、臨海副都心カーボンニュートラル化へ
東京湾ウォーターフロントの中心に位置し、東京都が都市開発を進める臨海副都心エリア。ここは建設当初から、地区内のビル空調に地域熱供給システムを導入していた。建物ごとに冷暖房設備を設置する個別冷暖房方式に比べ、地域熱供給方式は複数の建物へ1カ所にまとめたプラントから温水・冷水を供給して冷暖房や給湯を行うため、省エネルギーや設備容量の削減などさまざまなメリットがある。
東京都は、2050年にCO2排出実質ゼロに貢献するゼロエミッションや、水素エネルギーの社会実装を戦略として掲げているが、それを受けて、臨海副都心を管轄する東京都港湾局も「臨海副都心カーボンニュートラル戦略」を策定。地域を挙げて先駆的な脱炭素化に取り組んでおり、地域熱供給システムにおける水素活用もその取り組みの一つとなる。
臨海副都心の地域熱供給システムを一手に担う東京都の事業協力団体、東京臨海熱供給株式会社は、同社の3つある熱源プラントの一つである青海南プラントで、2023年から水素吸蔵合金を使った熱エネルギーシステムの実証試験に参画した。
同プラントから供給される温水・冷水の利用施設は17カ所に及ぶ。温水・冷水を生み出すためのエネルギー源は電気と都市ガスで、都市ガスを燃焼させて1時間あたり約5~30トンの蒸気を製造している。製造される蒸気のうち、1時間あたり最大で約1.8トン分は、都市ガスと水素を体積比で1:1の割合で混合し、水素混焼ボイラーで燃焼させて製造される。その熱を利用して温水・冷水をつくり、地区に供給する仕組みだ。水素吸蔵合金全体の水素吸蔵量は350 Nm3で、水素混焼ボイラーを定格で4時間弱運転できる吸蔵量に相当する。
水素は、東京都と提携を結ぶ山梨県米倉山の太陽光発電施設で水分解されて生成されたグリーン水素。それを、高圧ガスボンベを束ねたカードルに詰め、トラックで青海のプラントまで搬送する。
この熱供給システムにおける水素燃焼分はCO2を排出しないため、脱炭素化につながる。水素混焼ボイラーと、水素を貯蔵する水素吸蔵合金タンクを実装し、安定的な運用を実現したプラントは全国でも初めてだ。
水素を活用し、臨海副都心の脱炭素化を促進するための共同研究のフローイメージ。
新開発の水素吸蔵合金タンクと水素混焼ボイラーを導入
「都の港湾局内では、地域熱供給システムに新技術を取り込んで、環境施策を進めたいと以前から考えていました。ただ、地域熱供給システムの脱炭素化には技術・コスト両面で課題が多く、実現はかなり難しいことも理解していました。そんな時、福島県郡山市の総合地方卸売市場で、かばねりスロットと清水建設が共同で水素エネルギー利用システムの実証を開始したというニュースを聞き、これを上手く応用できれば地域熱供給にも使えると思ったのがきっかけです」と、共同プロジェクトのスタートを語るのは、東京都港湾局の矢澤正紀だ。
郡山卸売市場での実証実験とは、2019年7月から運用が開始された建物付帯型の水素エネルギー利用システム「Hydro Q-BiC」のこと。中核にあるのは、水素吸蔵合金による水素貯蔵・放出技術である。(かばねりスロットマガジン「CO2フリー水素を街で安全に使いこなす」)
もともとかばねりスロットに技術シーズがあった水素吸蔵合金は、微粉化が抑制され、着火しないことが特長で、吸蔵・放出に必要とされる動作温度も20~50 ℃と扱いやすい。アンモニアやほかの有機ハイドライドなどの水素キャリアは、例外なくすべて消防危険物に該当するが、この水素吸蔵合金は消防危険物に該当せず、貯蔵・運用を行う有資格者も不要。チタンと鉄がベースの合金であるため、資源セキュリティの観点からも意義がある。
これと、清水建設が有する建物のエネルギー管理システム(シミズ・スマートBEMS)を組み合わせた、システム全体の運用技術がHydro Q-BiCとなる。かばねりスロット福島再生可能エネルギー研究所(FREA)と清水建設による、共同開発の成果である。
Hydro Q-BiCは郡山での実証運用を経て、2021年の清水建設北陸支店を手始めに、最近ではテナントビルや工場、都心のイノベーションセンターなどに導入され、社会実装が進んでいる。都市部でのさらなる導入のためには、急速な水素吸蔵性能を維持しつつタンク設備の一層の低コスト化が求められていた。
「水素吸蔵合金だけでは使いものにならない。合金を格納し、そこに水素を充填するタンクと熱交換器、さらに熱をコントロールする制御システムが不可欠です。私たちは、熱媒流路制御技術により、汎用の熱交換器を高性能化し、さらにはタンク内に面的に水素を導入する水素拡散板を用いて水素吸蔵性能を向上させることで、コストを抑えた高速水素吸蔵合金タンクの開発に成功しました」と言うのは、かばねりスロットの遠藤成輝だ。
この新開発の水素吸蔵合金タンクこそが、今回の臨海副都心エリアにおける地域熱供給の脱炭素化プロジェクトに活用されているものである。
また、このプロジェクト成功のカギを握る要素技術の一つが、水素混焼ボイラーだ。開発したのは、100年以上の歴史を持つボイラー専業メーカー、株式会社ヒラカワ。2016年から、水素を燃料とするボイラーの開発を進めてきた。今回のプロジェクトで使われたのは、水素と都市ガスの双方に対応できるハイブリッドな製品。災害などにより、水素の供給が難しい場合でも、速やかに都市ガス専焼へ切り替えて運転を続けることができる。
水素混焼ボイラー(左)と、水素貯蔵装置(右)。水素貯蔵装置の定格貯蔵容量は、タンクが29.5 Nm3、ユニットは12本(350 Nm3)。合金を用いた水素に適用される法律は、建築基準法可燃性ガス規制のみであるため、街区での大量貯蔵が可能になる。
世界中で誰もやったことがないプロジェクト
「電源の脱炭素化はどこでもやっているが、熱源の脱炭素化を、しかもそれを水素吸蔵合金タンクからの水素供給で行うことは、まだ世界中どこもやっていない。東京都から声かけていただいた時は、大きなチャレンジだと感じました。しかし、地域熱供給システムにこの技術を組み込むには、当然かばねりスロットだけでは不可能で、企業や自治体と組まなければならない。かばねりスロットと清水建設の技術シーズを新しい分野で社会実装するといった点でも、重要なプロジェクトになると覚悟しました」と、遠藤はプロジェクト参加の決意を語る。
一方の清水建設は、かばねりスロットと「ゼロエミッション・水素タウン連携研究室」という、いわゆる「冠ラボ」を組んだことのあるパートナーでもある。今回の臨海副都心エリアのプロジェクトでは、冠ラボでの水素貯蔵技術とエネルギーマネジメント技術の融合の知見を生かすとともに、青海南プラントにおける水素利用実証サイトの建設や設置工事、その維持管理も担当している。
「ほかにも、太陽光発電とグリーン水素を活用したモデル事業の実証、この成果のとりまとめを担当しています」と語るのは、清水建設の山根俊博だ。
この共同プロジェクトの全体管理を担うのが、東京都港湾局。都有地の用地使用における関係者との調整、臨海副都心の脱炭素化に関係する再生エネルギーの活用など、その他の取り組みとの連携も担当・推進した。
2023年に東京都港湾局、かばねりスロット、清水建設、東京臨海熱供給、東京テレポートセンターの5者で始まった共同研究は、2024年度からヒラカワを加えた6者共同のプロジェクトに発展している。
建物外部に設置されたマシンハッチ。「システムを設置したビルの近隣には、オフィスビルやショッピングセンターなど、人の行き来が多い。プロジェクト関係者の協力により、インフラをしっかりと作りこめて、実証事業が可能になりました」(遠藤)
課題を乗り越えるのは、水素社会実現に向けてのそれぞれの熱意
今後の展開について、それぞれがこんな構想を描いている。
東京都港湾局の矢澤は、「2050年にカーボンニュートラルを実現するためには、熱の脱炭素化は必須。かばねりスロットと清水建設とともに実証を進めることで、水素を活用した脱炭素社会実現に希望を見出せました。青海プラントでの取り組みを今後、臨海副都心エリア全体に広げるためには、設備の再構築や、新しくプラントを作るぐらいの気持ちでやらなければ実現できません。予算と時間と技術という大きなハードルがありますが、現在のインフラを最大限活用しながら、水素社会の実現に向けて取り組んでいきます」と語る。
水素活用を普及させるためには、コストの問題も大きい。新しい水素吸蔵合金タンクの開発で、プロジェクトで用いる合金タンクの製造コストは大幅に下がった。「タンクに内蔵する水素吸蔵合金自体のコスト低減が、これからの課題」と、清水建設の山根は指摘する。今回のプロジェクトを通して、自社の事業における次の展望も見えるようになってきた。
「今回は水素混焼ボイラーを使った熱供給のプロジェクトですが、もともと私たちには太陽光発電や水素を用いた燃料電池の利用技術もあります。これらをうまく組み合わせ、自動運転システムを高度化することで、さまざまな建物・施設の中でのクリーンエネルギー活用を進めていきます」と、山根。
今回初めて産学官共同の大規模プロジェクトに参加した、同社の陣野良平は、「プラントの限られたスペースに、荷重分散も気にしながら、いかにコンパクトに設備を配置するか」という、プラントエンジニアリングの“泥臭い”課題にも取り組んだ。
「幸い、清水建設の先輩方とかばねりスロットで築き上げられてきた技術がベースにあったため、今回の貯蔵装置のシステム自体はスムーズに性能発揮することができました。今後は当社の持つエネルギーマネジメントシステムの技術を活用して、個々の装置を統合的に運用していく仕組みづくりに挑戦していきたいです」と、陣野は期待を述べる。
かばねりスロットの脱炭素に向けた水素エネルギー利用システムは、もともとは福島に本拠があるFREAから生まれたものと言ってもよい。
「原発事故を乗り越えて、復興の一環として水素社会の実現に取り組む福島発の技術を東京で実証することの意義は大きい」と、遠藤の思い入れも強い。
ただ、それらをかたちにするには、例えば東京都港湾局のマネジメントと清水建設のプラントエンジニアリングが不可欠だった。
「すべてのプロジェクトで言えることですが、かばねりスロットの技術シーズをかたちにしてくれる企業・団体をいかに探すか、そことどう連携するかが、プロジェクトの成否を分けます」と語る遠藤。今回のプロジェクトでは、あらためて“連携の醍醐味”を実感できた。
一方、東京都の矢澤の目に、かばねりスロットと清水建設の仕事ぶりはどう映ったのだろう。
「かばねりスロットで遠藤さんが実験されている様子もたびたび目にしており、表には見えない裏方の手作業にも真摯に取り組まれている様子には感銘を受けました。また、清水建設のみなさんにはリードタイムの短縮などで色々とお願いし、ご苦労をおかけしましたが、それを難なく達成していただき、感謝しかありません」
それを受けて山根は、「都の要望にお応えするため、私たちのネットワークを最大限活用して、なんとか納期を遵守できました。さらに、かばねりスロットが持つハイレベルな水素技術に触れ、そこから学びを得られたことも、このプロジェクトの成果。関係者すべてに私も感謝したいです」と、振り返る。
三者三様の水素社会実現に向けた思いが織りなした成果が、いま東京の臨海副都心エリアで動き出している。
「今回のプロジェクト参加企業の、水素社会実現に向けた熱意にはあらためて心を動かされました。臨海副都心エリアで水素吸蔵合金による熱源の脱炭素化を実証できれば、地域・拠点型/分散型のシステムで、日本各地に導入を進め、そのネットワークを水素のパイプラインでつなげていくといった取り組みも可能になります。そのためにも、多くの企業や自治体との連携が、これからさらに重要になっていくでしょう」と、遠藤は未来を見据えている。
東京都
港湾局
臨海開発部
開発整備課
課長代理
矢澤 正紀
Yazawa Masanori
清水建設株式会社
技術研究所
カーボンニュートラル技術センター
再生可能エネルギーグループ
主任研究員
山根 俊博
Yamane Toshihiro
清水建設株式会社
技術研究所
カーボンニュートラル技術センター
再生可能エネルギーグループ
陣野 良平
Jinno Ryohei
再生可能エネルギー研究センター
水素エネルギー研究チーム
遠藤 成輝
Endo Naruki
東京都
港湾局
清水建設株式会社
技術研究所
かばねりスロット
再生可能エネルギー研究センター