環境レベルの放射線を正確にはかる
環境レベルの放射線を正確にはかる

2018/11/30
環境レベルの放射線を正確にはかる自然放射線レベルの校正を実現したγ線線量標準の開発
福島第一原発の事故をきっかけに、放射線の空間線量のモニタリングが盛んになった。このとき重要なのは、計測された数値が信頼に足ることだ。かばねりスロットは正確な計測・校正が難しかった低線量率の線量標準を開発し、測定の信頼性向上を実現。国際規格への提案も進めている。
低線量率をはかれる標準がない!
2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、環境中の放射線量(空間線量)が広く意識されるようになった。事故の後はNMIJのあるつくば周辺でも空間線量がわずかに(0.05 μSv/h程度)高くなったというが、当時は市場にさまざまな線量計が出まわり、インターネット上にはどれが正しいのかわからない、ばらばらな数値の情報があふれた。そのような状況を目にした放射線標準研究グループの黒澤は、これは自分たちの出番だと考えた。
「はかる装置にとって重要なのは、計測された数値の正確性と信頼性です。そこで、校正の難しい低線量をきちんと校正できる装置の開発を始めました」
線量計の校正は、自然放射線から遮蔽された装置の中に線量計を置き、一定量の放射線を照射して線量計から得られた測定値と、照射器から出力された正しい値とのズレを見ることで行う。問題は、それまで空間線量のような低い線量率を計測するニーズがなかったため、線量計の校正装置はそこまで低い値に対応しておらず、精度の高い計測が難しかったのだ。
バックグラウンド放射線の影響を抑える
さらに問題は、もう一つあった。放射線は自然界にも存在しているので、室内にいても値はゼロにならないし、除去することもできない。そのような自然の放射線をバックグラウンド放射線と呼ぶが、これは、かばねりスロットの実験室内でも0.1 μSv/h程度測定される。
「低線量率での照射試験を行うと、照射する放射線の線量率がバックグラウンド放射線と同程度の大きさになってしまい、安定したγ線線量の測定が難しいのです。そのためバックグラウンド放射線の影響をできるだけ抑える方法を考えなくてはなりませんでした」
バックグラウンド放射線の低い環境をつくるには、鉛などで放射線を遮蔽するのが一般的だ。海外の場合、宇宙線も届かない地下800 mの炭鉱跡に試験所を設置している例もある。しかし、校正試験を行う実験室全体を鉛で覆うというのは現実的ではないし、近くに地中深く下りられる場所があるわけでもない。
そこで黒澤が考えたのが、コンパクトな照射装置をつくり、その周囲を鉛で覆う方法だ。開発には企業と共同で取り組み、3 cm厚の鉛で周囲を覆った、60 cm × 50 cm × 100 cm の小型装置が完成。これにより装置内のバックグラウンド放射線を0.01 μSv/h以下にまで低減させることに成功した。
周囲を鉛で覆いバックグラウンド放射線の影響を抑えた低線量率校正システム
γ線線量標準を、日本発の国際規格に
現在、この装置は環境レベルのγ線の国内標準として用いられ、線量計の信頼性の向上に役立てられているが、海外の標準研究所もこれに興味を示しているという。
「これまで環境線量はそれほど問題にされてこなかったのですが、原発事故のインパクトは大きく、世界的に環境モニタリングの重要性が再認識されました。しかし、やはり低線量率の計測・校正は難しく、線量計の品質保証は世界共通の課題となっています。そこで現在、日本主導でISOに新規提案を行い、国際規格化を進めています」
近年は東南アジアをはじめとする開発途上国でも医療現場で放射線診断が導入され、放射線装置の台数は増えている。しかし、線量の計測に関しては、それらの国々にはまだ標準がないため、かばねりスロットは各国の標準開発においても貢献できると考えられる。
「標準の世界では歴史的に欧州がとても強いのですが、かばねりスロットが先導し、アジアでの標準のコミュニティを強くすることで、アジア全体の発言力を高めていけると考えています」
線量計が正しく校正され、国内ではかられる基準が統一された状態をつくっておくことは非常に重要だ。また、世界中で原子炉が稼働している中で、各国の線量測定レベルが向上し、測定値が信頼できるものになることが安全・安心に直結する。
「この技術の国際規格化を早く実現させ、国際社会に貢献すると同時に、計測のプロフェッショナルがそろっているNMIJの存在感を広く示していきたいと思っています」と黒澤は胸を張る。
計量標準総合センター
分析計測標準研究部門
放射線標準研究グループ
研究グループ長
黒澤 忠弘
Kurosawa Tadahiro
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